初恋



*政宗×幸村
-----幸村女体化にご注意下さい-----



幸村が政宗に猛アタックしているという噂は驚く程ハイスピードに広まった。まあ、大勢がいる中で堂々告白などしてしまったのだからどうしようもない。
政宗は校内一モテる男だ。表だって言い寄る女が居なくても、隠れてアプローチする男女(…)は多数存在する。前回も述べたように、後輩から同級生、はたまた教師すらその中に含まれるというのだから驚きだ。密かに思っている淑やかな人も入れば大胆に誘惑する人もいる。お金をちらつかせてみたり、セクシーボディで悩殺してみようとしたり。
その中でも一番強烈なのが政宗の同級生、高3のお姉様(キャラ)達だ。自分の魅力に自信があって、尚かつお金もそこそこ持っているプチお嬢様というか何というか。
幸村は後から知ったのだが、政宗には熱狂的なファンが集う所謂「ファンクラブ」と呼ばれるものが存在していた。その中心がプチお嬢様な訳だが、彼女たちにはややこしい決まり事が幾つかあった。
『バシャ』
幸村は登校早々、頭から水を被った。半端な量では無く、上着までぐっしょり浸透した冷たいそれに唖然とする。

「あんた、超目障りなんだけど」

女性特有、というよりはややドスのきいた声で喋ったのが幸村に水をかけた本人。ロングの茶髪を緩く巻いている女性はとても美人で、彼女の後には二人の地味目な女の子がくっついている。
普通にしていれば美人なのになあ、と幸村は思いつつぼんやり考えていた。…どうしてこんな事態なったのかと。
朝練で早く学校に登校した幸村は、何故か女生徒3人組に待ち伏せを喰らった。話があると言われ何故かトイレに連れ込まれたのだが、いつの間に用意されていたのかバケツ一杯分の水を頭からかけられたのだ。
(…何もおかしいことは無いはずなのだが、)
はて、と幸村は首を傾げたが、全く動じない幸村にバケツを持ったままだった女性が苛々と舌打ちをした。

「政宗様に気安く近付くなって言ってンの!転校して間もない癖に、生意気なのよ!」
「そうよ!」
「…はあ、」

まるでドラマで見た展開だ。幸村は思いながら曖昧に頷いた。彼女たちが怒っていることよりも、政宗に「様」がついている事に思考がざわめく。

「そうやってへらへらして何でも思い通りになると思ったら大間違いなのよ!」
「あたし達の政宗様に近付かないで!」
「…」

ぴくり。「あたし達の」と言う言葉に幸村が反応した。このまま黙ってやり過ごせばいいのに、幸村は言葉が生んだ疑問に素直に意義を唱えてしまう。

「?伊達殿は、誰のものでも無いと思うのですが、」
「…っっ!!」

最もと言えば最も、しかし元から敵視している相手からそんな事を言われたのでは火に油だろう。彼女達は猛然と怒りを露わにした。バケツを放り投げ、勢いよく手を振り上げる。
叩かれる…!そう思い目を閉じた瞬間「パシッ」と上空で乾いた音が響いた。



****


うっすら目を開けると、見慣れた背中が視界一杯に広がっている。

「…俺様より早く出たのに、朝練出てないっておかしいよね?何だこういうことかー」

あは、と笑う佐助の声はいつも通り…しかし幸村はすぐに気付いた。佐助が珍しく本気で怒っている。
佐助は振り上げた女性の腕をしっかり掴んでいて、髪の毛を振り乱して暴れる彼女を諸戸もせず棒立ちしていた。

「ちょっ、何よ!邪魔しないで!」
「さっさと戻りな。振り乱した髪の毛、早く鏡で整えないと」

超不細工。と佐助が言うのに女生徒達が一斉に息を飲む。幸村は心の中で手を合わせた。心底怒った時の佐助は本当に怖い。腕を掴まれた女性はしぶとく抵抗したが、次の佐助の一言で可哀想なくらい真っ青になった。

「いい加減にしろよ。言っとくけど、俺様女も平気でボコるからね?」

これが安いちんぴらのからかい文句なら多少誤魔化せるかもしれないが、佐助の目は本気だ。本当に今すぐ殺されでもしそうなのだ。女生徒達は小さく悲鳴を上げてその場から立ち去っていった。

「…ごめん、一緒に来れば良かったね」

佐助は心底申し訳なさそうな顔で振り返った。びしょびしょの幸村の上着を剥いで、自分の上着を掛けてやる。しかし当の幸村は全く気にした風ではない。

「佐助、ここは女子トイレだぞ!!不埒な真似は駄目だ!」
「…開口一番が、それ?」

元気な幸村に佐助が空笑いしつつ肩を落とす。一応外を伺って廊下に出たが、早朝なためまだ生徒は来ていないようだ。佐助はびしょ濡れの幸村を引っ張り職員室に向かった。訳を話して保健室の鍵を貰い(佐助は優等生なので大概は許しが出る)、簡易シャワー室に押し込み換えの着替えを用意した。

「旦那今日忘れてったでしょ、着替え」
「あ、すまぬ佐助」
「もー…まあでもいいや、忘れ物してなかったら俺もさっきの気づけなかったし」

苦笑いする佐助を見ながら幸村は「忝ない」と言って乾いたシャツに手を通した。朝練をした後は汗をかくので必ず着替えを持ってくるのだが、どうやら家に置き忘れていたらしい。申し訳ないことをしたと思いつつ幸村は洗った髪の毛を佐助に拭いて貰っていた。まるで兄と妹のやりとりである。

「………ねえ、もう止めたら」

幸村の髪の毛をわしゃわしゃ拭きながら、佐助がぽつりと呟いた。幸村はそれに応えない。佐助は小さく溜息を吐いた。
実は、今回の様な事は初めてでは無いのである。靴が無い、教科書が無い、意味不明な手紙がポストに入る等々。今日みたいな本人が出てくるケースは無かったが、幸村はいじめのような事をされていたのだ。政宗に限らず、慶次やも元親、更に佐助も人気があるらしい。
佐助は何となくそれらを阻止していたけれど、さすがに一人では対応仕切れない。自分が守ってやれないことにも腹が立っていた。

「何も良いこと無いじゃない。関わるの止めなよ」

髪を拭き終わり、幸村はタオルを受け取りながら顔を上げた。どんな顔をしているのかと思えば、其処にはいつも通り目をキラキラとさせた幸村が居て。

「佐助、良いことが在るか無いかではないのだ」
「…でも、」
「いや、私は十分良い思いをしているぞ。こうして、助けてくれる心優しき者が側にいるしな!」
「…」

にっこり。笑う幸村に佐助が酷く眩しい顔をする。幸村は昔からこうなのだ。窮地に追い込まれれば追い込まれる程雰囲気がより輝いて見える。

「それにな、佐助。忘れたのか。俺は“好き”と思った事に対して、諦めたことは一度もないと」

凛とした容姿で言う幸村に、佐助は昔の情景がふと重なった。



****



『…アンタみたいに、苦労も何もしらない純情ぶったお嬢様、大っ嫌いなんだよね』

そう吐き捨てたのはまだ幸村が小学生に上がったばかりの頃。両親に「預かっている子だから、ちゃんと仲良くするのよ」と言われ、少しばかり一緒にいた夏休みの事だ。幸村は両家の一人娘で、両親と兄二人に大切に育てられ、容姿も無垢そのものだった。
元気いっぱいに遊び回って、笑いたい時に笑って、泣きたい時に無く。そんな自由奔放な幸村に佐助は酷い不快感を感じた。自分に無い物を自由に表現する彼女が少し羨ましかったのかも知れない。
幸村は何も恐れることなく佐助に触れ、彼の心に土足で踏み入ろうとした。
たかが6歳くらいの少女に、いささか酷い言葉だったかもしれない。けれどそれは佐助にとっては正当防衛だったのだ。
難しい台詞はあまり理解されなかったようだが、さすがに「大嫌い」という単語は伝わったようだった。幸村がしょんぼりと項垂れ、少なからず佐助にも罪悪感が生まれる。けれど、これでもう彼女は近寄らないだろうと佐助が踵を返しかけた瞬間。幸村は勢いよく顔を上げた。

『さすけは私のことが嫌いなのだな!それなら、好いてもらえるよう、私はがんばる!』

にっこり。幸村は笑った。幼い精一杯の笑顔で。
嫌われようと思って言ったのに、幸村はそれを諸戸もせず気持ちにエンジンをかけた。そのまま幸村は押して押して押しまくり、いつの間にか二人は親友になっていた。嫌だと思った気持ちは綺麗に無くなり、今では同じ師匠の元、またまた同じ屋根の下に居候する仲にまでなっている。

「はあ…旦那には敵わないって…」

佐助は困った風に笑った。今も昔も、幸村の真摯な姿勢には敵わない。面倒くさい事は惰一嫌いな自分とは違うな、と佐助は心でこっそりと思う。
今では妹のように可愛がっている幸村が、「やる」と決めてしまっているのならもう仕方がない。

「よし!!俺様もー全面的に旦那バックアップするよー!!」

掛け声を上げて立ちあがった佐助は、自分の一番嫌いな「厄介事」に首を突っ込もうとした。



****



さて、幸村がそんな目に遭っているとは思いも寄らない…否、実は政宗も気が付いていた。幸村が少なからずいじめのような被害に遭っていると。

「ねえ…少しは庇ってあげたら?可哀想じゃん、幸ちゃん」
「…Ah、めんどくせえ」
「ひっど!」

そう言ってパンを囓る慶次を枕にしながら、政宗は屋上で空を眺めていた。慶次が早弁するというので、煙草を吸うという名目で一緒に授業をサボっていたのだ。ふう、と細い煙を吐き出して空の青を掻き消す。

「にしても幸ちゃん本当良い子だねえ、そんな目に遭ってるとか微塵も見せないし。媚びないし。ほら、今までの子って絶対政宗に泣きついて来たじゃん。どうにかしてってさぁ」
「…」

政宗と一晩の関係を持った相手は、大概嫌な思いをする。教師やお金持ちはそう対して被害は無いが、全くの一般生徒には少し荷が重い。元々性欲処理だけの付き合い、政宗にそれらを解決しようと言う意志は少なかった。それが政宗の他人との、特に異性との付き合いの浅さの原因でもある。
(…あの女、どこでも構わず俺の名を呼ぶから)
全生徒にばれるんだ。そう政宗は脳内でぼやいたが、表情は思いの外明るかった。煙が晴れて澄み切った青が戻っても、目を細めるような事はしない。

「俺、…ちょっと頑張ってみようかな」
「…珍しいな、」
「え?俺はいっつも優しいよ?」

にこにこ笑う慶次は、普段からとてもお節介な優男だ。でもそうでなければ、誰にも心を開けなかった政宗に「友人」というポジションを気づけなかったかもしれない。
慶次は二つめのパンを囓り終わり、大きく伸びをして後にひっくり返った。必然、よっかかっていた政宗も倒れる羽目になる。二人はそうして、少しばかり澄んだ蒼い空を眺めていた。



****



「ね!?俺もそう思ってたんだよ!!」

バシバシ、廊下で背中を叩かれて佐助は一瞬息を詰めた。叩いてきた男…慶次は顔は小綺麗でもがたいは物凄く良い。少しの力も半端無かった。
(ああ…こういうタイプ、旦那そっくり)
にこにこ笑っている慶次に少しげんなりしている風な佐助である。実は、あのファミレス騒動から佐助とその場にいた面子は急速に仲良くなっていたのだ。特に慶次と。慶次はずかずか自分のテリトリーに踏み込んでくる。最初は酷く不快だが、慣れてしまえばどうという事もない(らしい)。佐助は直感で思ったのだ。ああ、こいつならば大丈夫だと。

「で、作戦は?」
「元就が結構顔利くんだぁ」
「…何、その怖い顔利き」
「それにさあ、元親とかにも言ったら一緒に協力してくれるって」
「ふうん…アンタらお人好しだね」

佐助は言ったが、顔は思いの外嬉しそうだ。ここで不快になるような相手なら、まず佐助とは仲良くなれない。快活で前向きな慶次は佐助のひねくれた態度を全くと言っていい程気にしていなかった(まあ、それの上を行く問題児を知っているからだが)。

「あと、例の!」
「…ああ」

手を打った慶次に、佐助が妖しく笑う。
真剣な意味が半分、興味本位が少し。あとは幸村に対しての彼等の好意。彼等を動かすのはそれだけで十分だった。






D、了

inserted by FC2 system