初恋



*政宗×幸村
-----幸村女体化にご注意下さい-----



政宗は登校してすぐ、何故か不意打ちの歓迎を受けた。
人がわんさかいる朝が嫌いな政宗は、いつも始業ギリギリに登校してくる。バイクをチャリ置き場に置いて下駄箱に向かい、何を意識するわけでも無く扉を開けた。
…そこまではいつも通りだったのだ。靴箱を開けるまでは。

「…」

靴箱の中に、レターが入っている。可愛らしい文字…いや、やけに達筆な文字で宛名が書いてある真っ白のレターが。まあ、レターが入っているのは毎度の事ではあるが、政宗は呆れてしばし呆然とした。その頭に、無数の紙切れと糸がくっついている。
靴箱を開けた瞬間。何故か飛び出してきたのだ。紙切れが。紙切れというか、パーティで使う音のうるさいアレの中身。
『愛しの伊達殿へ☆』
滑稽な程可愛らしい内装を施された政宗の靴箱はまるでお姫様のよう。政宗は紙くずをふるい落とし、何事も無かったかのように靴を放り込んで上履きを履いた。すると、背後から「ああ!」と何とも落胆した声が響く。すぐに「静かに!」「馬鹿、気付かれるよ」というひそひそ声が。
(Be silly…ばれてんだよ馬鹿野郎共…、)
構ったら負け。そう思った政宗は完全に無視を決め込んでその場を後にした。



****



ここ数日、政宗の日常には大きな変化が起きた。その一つが、まず昼食。

「佐助の弁当ってマジうまそう…」
「これ旦那のだからあげないよ!」
「幸村は何処へ行ったのだ」
「あ、飲み物買ってくるって」

屋上で弁当を広げ、わいわい談笑しながら時間を潰す。それは常と変わらない。変わった事は、メンバーに新顔が加わったこと。一人は2年生の猿飛佐助。もう一人はー…

「遅れまして申し訳ありませぬ!…あっ!」

騒々しい音を立てて駆け込んできたのは最近転校してきたばかりの少女、真田幸村である。幸村は円陣の中に政宗の姿を発見して真っ赤になった。もじもじと買ってきたジュースを弄んでいる。

「ほらほらあ、早くこっち座んなよ!」
「は、はい…」

慶次に誘われて円陣に近付き、政宗のすぐ側まで来て腰を折る。

「あ、あの…伊達殿……お隣、いいです…か?」

上目遣いで伺ってくる幸村は物凄く、ものすごおく可愛らしい。今まで黙りを決め込んでいた政宗はふいと横を向いた。駄目と言われなかったので、幸村は恥ずかしそうな嬉しそうな顔をしながらも隣に座る。
これはかなり大きな変化だった。政宗が、気を許した仲間、それも男以外を自分のテリトリーに入れるのは元就以来で(しかも元就は元親の彼女なので、政宗の隣には座らない)。
慶次も元親も、元就でさえこの変化には驚いていた。
そして、幸村の行動力にも。

「はい、伊達殿あーん!」
「…」
「?伊達殿、佐助の作る出汁巻きは美味しいでござるよ」

恐るべし、天然幸村。実は、幸村は他のメンバーからこうすればいいああすればいいというアドバイスを貰っていたのだが、彼女はそれを素直に、本当に素直に全て実行に移した。
はい、あーん。という恋人同士のやり取りもさながら、一緒にお弁当を食べようと誘えとか、一緒に帰ろうと誘えとか、放課後デートしようとか。
教師すら何も言うことが出来ない、手を出せば売り飛ばされるとまで言われている政宗に、幸村は果敢にもアプローチし続けた。
あーんをされた政宗本人はそれを無視して煙草に火を付けている。幸村はしょんぼりしつつ出汁巻きを頬張った。



****



そして大きな変化その二。それは政宗の心境だった。

「幸ちゃん本気で可愛いよねえ。胸もお尻もおっきいし。顔ロリ顔でちょー可愛いし。しかも素直で従順で健気でしょ…ねえ、政宗聞いてる?」

体育の授業を渡り廊下から見ていた慶次が、隣で一緒に歩いていた政宗に声をかけた。その視線の先には、体操着を着た幸村が楽しげにハードルを飛び越えている。政宗はその姿をじっと見つめていた。
相手にしたら負け、そう思っていたのに。

「……ああ、可愛いな」
「でしょー?……って、うえ!?」

小さく呟いて廊下の先へと消えてしまった政宗に、慶次が思わず銜えていた飴を落っことした。あの、今まで女に「可愛い」とか綺麗とか、とりあえず褒める単語を用いたことが無かった政宗が女、否、幸村に対して「可愛い」と。

「まっじで!?嘘、本気?やったあ〜!」

突如雄叫びを上げた慶次に、すぐ側で授業していた生徒達は不思議そうな視線を慶次に送った。
それは本当に大きな変化だった。何に関してもぼんやりとしか見ていなかった政宗が、人を人として認識するようになったのである。
慶次は喜びまくった末に仲間に報告し、彼等はまるで家族の事のように喜んだ。
あの政宗が、もしかしたら「恋」なんてしてしまうかもしれないぞ、と。



****



気が付いたら目で追っている。政宗は自分の視線の先に幸村を見つけて目を細めた。
どこに居ても自分に気が付けば手を振って、側にいる時はこれでもかと自分の事を愛そうとする。
まだ浅い生涯だが、政宗は未だそんな女には出会った事は無かった。媚び、性欲処理とかいう負の感情から離れた、純粋で「少女らしい」少女。幸村は今まで関係を持ったどんな女とも違っていた。
自分のテリトリーにずかずか踏み込んで来る彼女は最初不快だと思っていたけれど、次第にそれらは「新鮮」と言う言葉にすり替わってしまっていたのである。
そう、政宗にとって幸村は予期しない行動をする新種の動物そのもので(多少語弊はあるが)一挙一動が気になって仕方ない。何より、彼女が無心に「好き」という感情をぶつけてくるのが心地良いと思ってしまった政宗である。何も損得を考えない、まっすぐの「好き」。
そして政宗は、健気に慕ってくれる幸村を「可愛い」と認識するようになってしまった。時折、彼女とのやり取りで思わず視線をそらしてしまうこともあって。
相手にしたら負け。そう思っていた政宗は、夏が近付く初夏の頃には彼女を完全に「女性」として認識していたのだった。
そしてそんな初夏の、ざあざあと土砂降りの雨が降った日。政宗と幸村の距離は更に距離を縮めることになった。

「…、」

政宗はバイクに乗って学校に来ていたが、雨が土砂降り過ぎてうんざりと学校に留まっていた。下駄箱前で煙草をふかしながら、少しでも小振りにならないかと思いつつ時間をぼんやりと潰す。殆ど下校する者もいなくなった遅い放課後、煙草を吸う政宗に声を掛けてきたのは部活帰りの幸村だった。

「伊達殿!!駅までお送りします!」

そう言って元気良く傘を差しだした幸村に、政宗は「普通逆だろ」と言って煙草を揉み消した。簡単な会話くらいはするようになった二人である。

「Ah…お前逆方向だろ、」
「いいえ!伊達殿がお風邪を召されては大変なのでっ。一緒に帰りましょう、伊達殿!」

にっこり、笑う幸村に政宗は少し絆された。笑顔を絶やさない幸村に、政宗は大分心を開き始めている。幸村のポジションは「転校生」から「気の知れた遊び仲間」に変換されようとしていた。
政宗はバイクを放置し、幸村の傘に入った。二人っきりの下校は初めての事である(今までは断りまくっていた)。政宗は気付かなかったが、幸村の心臓は破裂する寸前まで膨らんでしまったと言う。
幸村が緊張の所為であれやこれやと喋るのに適当に相槌を打って(これも珍しい事なのだが)、二人は駅のある街へと足を向けた。



****



土砂降りだが、店の光りが消えることはない。もうすぐ駅に着くかという所で、不意に政宗の足が止まった。

「…伊達殿?」

不思議そうに振り返った幸村が、慌てて政宗に傘を差し掛ける。政宗はついと首を街の方に振り「行くか」とだけ呟いた。
更に幸村の顔が不思議そうに傾く。

「?何かご用が、」
「…遊ぶかって、言ってンだ」
「へっ」

政宗の予想外すぎる発言に、幸村の髪の毛が逆立った。素直な反応に政宗の片眼が細められる。政宗は幸村を見る時こういった目つきによくなるが、こっそり言っておくとそれは「可愛い」と思う時で機嫌が悪くなった訳ではない。
理解した幸村が過剰に喜び出すのは時間の問題で、幸村は意気揚々夕方の商店街に足を踏み入れた。政宗が隣にいるという事実だけで、通い慣れた商店街はまるでビロードの引かれたお城への通り道。
楽しげに歩く幸村の隣を政宗がある程度の間を保って歩いていた。

「ふ、わ!!!か、可愛いでござるううう」

通りを歩いていると幸村が絶叫し、何事かと彼女を捜せばゲーセンに顔を突っ込んでいる。幸村が手をくっつけてガン見していたのは赤い綿毛に角が生えている…今アニメで人気の「熱血!もさかた様」のもさかた様人形だった。スイカサイズの赤いもさもさに厳つい顔がくっついていて、更に角まで生えているそれは女の子が欲しがるような可愛らしいマスコットでもない。
政宗は呆れつつその隣に並んだ。

「…全然cuteじゃねえ…」
「そんなっ!もさかた様は可愛いのですよ、伊達殿!いつもこう、もさもさ悪を退治して、もさもさ熱き言葉を語るのでござる!」
「(…お前の方が可愛いよ)」

政宗はひっそりと思い、百円玉を機械に投入した。幸村が驚いたのも束の間、あれよあれよという間にマスコットが出口までやってくる。
ごとん。もさかた様は政宗の手によって出口から出され、幸村の懐に収まった。

「も、もももももさかた様でござるうううう」
「…やっぱり可愛くねえ…、」
「あ、っあの、伊達殿…これ…、」

手渡された人形を抱き締め、幸村は政宗を見た。政宗が眉を潜め他方を向く。

「そんなん俺がいる訳ねえだろ。…やるよ、」
「!!!!!!あ、ありがとうございます伊達殿!大事にします!!!」

えへへ、と人形に頬摺りした幸村は本当に、心底嬉しそうな顔をしていて。
(……背中が痒い…、)
何だかむずがゆい心地になった政宗はくるりと踵を返して駅へと歩き始めた。その後を慌てて幸村が追いかける。
ああ、こんな高校生の放課後デートみたいな事したこと無かったな何て、政宗はぼんやり思いつつ本日何本目か知れない煙草火を点けた。
二人は端から見ればまるで恋人同士。このまま、順調に「恋」は芽生えると思われていた。







E、了

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