初恋



*政宗×幸村
-----幸村女体化にご注意下さい-----



とある女生徒が転校したと幸村が知ったのは、朝練を終えた部室での事だった。
とある女生徒とは幸村に以前水を引っかけた少女で、親の仕事の都合で引っ越ししたのだとかどうとか。こそこそ話をしているマネージャー達を横目に、幸村は素速く着替え終えてしまう。鞄を掴んで廊下に出ると、佐助が携帯をぽちぽち触りつつ壁に寄っかかっている。佐助は幸村に気付くととても人の良さそうな笑みを浮かべて立ち直した。幸村もお返しのようににこりと笑う。

「佐助、待たせたな!」
「ううん、別に。ていうかはい、毎度のおやつ」
「わあ!忝ないっ」

歩き出しながら、佐助に手渡されたドーナツを受け取る。幸村は朝からご飯を3杯も平らげて登校してくるが、朝練で竹刀を振ったあと更に小腹が空くらしい。朝練の後おやつ、お昼ご飯、3時のおやつ、部活後のおやつ、夕食、夜食。それだけ食べて太らないのは、部活や道場でハードなメニューをこなしているのと、それらのカロリー殆どが彼女の胸に吸収されているからだ(と佐助はこっそり思っている)。
幸村が美味しそうにドーナツを頬張るのに、佐助が慣れた風な様子で次のおやつを鞄から取り出した。おやつを食べている姿を見られ難くするために、わざと裏庭を通り遠回りして教室行くのが日課である。

「そういえば旦那、前に持って帰ってきたもさかた様、政宗に貰ったんでしょ?」
「…ッ!ぶはっ」

幸村は頬張っていたエンゼルパイを半ば殆ど噴き出した。滑稽な程顔が朱に染まる。佐助はからからと笑い、ポケットから引っ張り出したハンカチで彼女の口を拭った。

「な、何故分かった!」
「え、いや、だってあんなもさかた様にデレデレしてたらばればれじゃない?旦那、今にもちゅーしそうな顔でもさかた様見てたし」
「ち、ち、ち…!は、破廉恥でござるぞさすけえええええ」

どどどど、走り去ってしまった幸村に佐助が声を漏らして笑う。
何、思いの外順調じゃないか。佐助は鞄を肩にかけ直して、ゆっくりと歩きながら思う。政宗は思った以上に情の厚い男で(見た目とのギャップに死ぬほど驚いた)、幸村は思った以上に恋愛に積極的な女の子で(長年一緒にいたがこれだけは未だに信じがたい)、最初は無茶すぎる組み合わせだと思いきやそうでもないと、佐助は思い始め…否、思っている訳である。政宗は自分と少し似ている所があって、押しの強いタイプ、それも一心に慕ってくる純粋な人間に弱いのだ。表裏の殆ど無い、天真爛漫な人間に。
(悪い男がつかないようにずっと見張ってきたけど…あ〜あ…妹を男に取られる兄の心境ってやつ?)

「…ちょっと、寂しいかもね」

小さく呟いて困ったような笑みを浮かべる佐助は、最早兄というより娘を取られた父親のようである。
政宗と幸村の気持ちが重なるまであと少し。そんな時、二人の障害となっていた問題は意外に呆気なく解消されていた。



****



「…転校?」

放課後の部活の時間帯、佐助と慶次、元親は生徒会室に集まっていた。デスクで書類を纏めていた元就は、佐助が呆れた風に呟くのに大した感慨も見せなかった。淡々と会話に応じる。

「ああ」
「え、マジ?どうやって??」

佐助が?マークを飛ばすのに、慶次と元親が「あーあ」と面白そうな怖がっているような、でもやっぱり面白うそうな顔でにやついている。
元就は書類を置いて佐助を見、ばっさり言って捨てた。

「何、諸悪の根源を取り除けば万事上手くいくものよ」

表情も変えずに言ったのに、佐助はあんぐり口を開けた。作業を進める元就に変わって、話し好きの慶次が説明し始める。察しの良い佐助は大体事の顛末が分かってしまったが、そこは大人しくソファに座って話を聞くことにする。
幸村は所謂いじめの対象に選ばれていた訳だが、その中心にいたのが今回転校した3年生の女生徒…幸村にトイレで水を掛けた女生徒だ。他にも陰湿ないじめを繰り返す女生徒もいたが、目立って過激ないじめを仕掛けてきたのは彼女だった。その他に嫌な噂を広めたり、そそのかしたのも彼女である。彼女はそれなりの財力を持ったいいところのお嬢様で、それが更に強気になる心構えを植え付けたらしい。嫉妬や羨望、憎悪独占欲に駆られた恐ろしい集団から幸村を守るため、佐助は殆ど幸村の側にいたし、佐助がいられない時は慶次や元親がいたり、必要とあらば生徒会室に逃げ込んだりもした。佐助も慶次も彼女たちを説得したり宥めたりしたのだが効果は得られず(二人のファンが怒り逆効果だった)、いじめは無くならないし、むしろ悪化する最悪の事態。
そして切れてしまったのだ。
…元就の、堪忍袋の緒が。

「清々する」

と、ぼやいた元就は、珍しく本気で怒っていたらしい(元親の元就表情センサーによる)。元就は実家の権力を使って彼女の会社に圧力を掛けたのだが、その方法は元親を含む3人が怖くて聞けない内容の一つだった。まあ上手くいったから良いかと、その辺の詳細は詳しく触れないことにする。

「まあでもさあ、本当、予想外に収まったよね」
「ほんとほんと、俺様も女をぼっこにする日がくるかと思って焦ってた」
「うわ…止めろよ、本気であぶねえ、それ」

佐助が手を振るのに、元親が引きつった笑いを漏らす。佐助が異様に喧嘩っ早いのは、幸村しか知らない事実だった。何度か、女生徒と本気で乱闘になりそうなのを慶次が止めたことがある。淡泊そうに見えるのに、幸村に関する事になると途端熱くなる佐助に、最初慶次はこっそり危ない恋の予感を覚えていた。
(ま、懸念だったけど)
それは二人との付き合いをしばらく続けて分かった事だった。佐助は幸村を、本当の妹のように大切にしている。

「でも本当に予想外だったのはさー」

慶次がソファーの上に胡座をかいて座り直す。
主犯が転校になっていじめの殆どがなりを潜めたが、やはり完全に収まると言うことは無かった。やはり一度派生したものは中々収まらないらしい。
けれどそれが、二人が放課後デートした頃から殆どと言って良いほど無くなった。何故かと言うと、予想外の人物が重たい腰を上げたからだった。実は情に厚いらしい、とある男の重たい腰が。



****



幸村は道着を肩にかけ、意気揚々学校へと登校していた。人気のない運動場を横切り、小走りで靴箱へと向かう。そのまま靴を置いて道場へと向かう筈だったが、その日は何やら様子が違った。靴箱に、数人の気配があるのである。
幸村は中に入ろうとしたが、聞こえた声がとても見知ったもので思わず動きを止め、会話に耳を澄ませてしまった。

「…Stop it。それ以上余計な事すんな」

低く、気怠そうな、それでも凛と澄んでいる気がする想い人の声。幸村はごくりと唾液を飲み込んだ。朝練に滅多に顔を出さない政宗が、こんな時間から学校にいるなんて。
幸村が入れず入り口で立ち惚けていると、たたたと数人が走り去る事がした。それから間もなくして、目の前の扉が誰かによって開かれる。驚いて視線を上げれば、大して何の表情も浮かべていない政宗が幸村を見下ろしていた。

「…朝練、行くんだろ」
「は、はい…っ」

幸村はそのまま政宗に引っ張られ、靴を履いたまま道場へと向かった。



****



「そん時政宗からメール来ててさあ、“幸村の靴箱ひでえ汚れっぷりだから、朝練の間に片せ”って!」

あ〜やだやだ!照れる!そう言って佐助は目の前で手を振った。それに便乗した慶次が楽しそうに「熱いね〜」といって顔を扇ぐ。
要するに、政宗は幸村にいじめの惨事を見せないよう彼女を現場から遠ざけたのだ。今まで関わったどんな女性にも見せなかった気遣いを、幸村の為にお披露目したと言うわけで。
政宗はその他にも、慶次達には言わずそこかしこで原因と思われる女生徒達に何度か言って廻ったらしい。逆上する生徒も勿論いたが、政宗を怒らせるとどうなるかある意味物凄く、とてもよく知っている生徒達である。政宗が直々に動いたのが功を奏したらしい。
そして今回の転校の一件である。見せしめの効果も十分あったようだ。

「二人の障害は殆ど無くなった訳だしさ〜、今後の展開が物凄く楽しみだよね!」

何て、にこにこ笑う慶次や佐助、元親、黙々と作業しつつとてもご満悦な元就たち4人は全く予想していなかった。
これから起こるだろう「トラブル」こそが、二人の最大の障害となることを。



****



幸村は部活を終え、夕暮れの橙色に目を細めつつ靴箱の前で思い切り伸びをした。鞄を背負い直し、とんとんと足踏み、すぐに走り出す。家まで走って帰るのは彼女の日課だった。家に帰れば、佐助が用意してくれたおやつと紅茶、さらには美味しい晩ご飯が待っている。行きも帰りも意気揚々、幸村はいつも笑顔だった。世の中には素晴らしいことしか無いと、そう思わせるような爽快な笑顔で。
幸村はそのまま校門を走り抜けようとしたが、すぐ脇の自転車置き場に見知った人物を見つけ駆け足を止めた。通学禁止のバイクに跨り、エンジンをかけようとしているのは政宗である。

「伊達殿――!!今、お帰りですかあああ!」

どどど、物凄い勢いで走ってきた幸村に政宗がやれやれと溜息を吐く。あいつには俺用のセンサーが付いているのかと呆れたが、強ち嘘ではないかもしれなかった。
若干息切れした幸村が政宗の隣にとまり、夕陽顔負けの輝いた笑顔でにっこり笑う。政宗は無意識に目を細めていた。

「伊達殿、今お帰りならば私と一緒にー…」

そして、お馴染みの台詞。
幸村は慶次に「放課後政宗を見つけたら、迷わず一緒に帰ろうと言え」そう言われていた。仲良くなればそのうち、当たり前のように一緒に帰れる日が来ると。

『政宗、自分のバイクに女の子乗せたこと無いんだよ?駄目もとで言ってみなって。俺、幸なら乗せて貰えるような気がするんだ』

そう言って慶次は笑ったが、幸村には全く本意は伝わっていなかった。ただ、どの女性も乗せて貰えなかったというそのバイクに乗せて貰えたら、どれほどか素晴らしい事だろうかとー…




「…乗れよ」



「あ、はい、また今度…って、え?」


幸村がぱちくり、大きな目を瞬かせて一瞬止まる。断られると思っていたのだ。お決まりの挨拶を言おうとして、それを言う必要が無いことに気付く。
幸村が硬直して動かないのを政宗は本心で面白く思っていたが、わざとクールな「振り」をしてバイクにエンジンをかける。

「Ah?乗らねえなら帰る、」
「っ!ややややや、乗ります!乗せて下さい!」

今にも発車しようとする政宗に幸村が漸く我に返り、幸村は急いで青色のバイクに、全身が緊張で泡立つのを感じながら乗り込んだ。キシ、とバイクが重さに沈み、その音にすら驚いた幸村はすっかり身を固くした。何処を持てば良いのかも分からない。

「…Bike乗った事ねえのか?」
「は、はい…佐助はいつも自転車ですし…」
「Hum…そのまま軽く乗ってると落ちるぜ」
「えええ!どど、どうすれば」

幸村がすっかり赤い顔でわたわたと混乱し、エンジンを一度吹かした政宗が振り返る。その顔は本人が意識している以上に楽しそうで。

「しっかり抱きつけよ、you see?」

政宗が言った途端バイクを発進させたので、幸村はその言葉の通り政宗にべったりしがみつく事と相成った。
…幸村が家に着く頃、鼻血を出して気を失いかけていたというのはあと、数分後の話。


政宗はあまり考えていなかった。女性を乗せた事の無いバイクに、“女性”を乗せると自分がどれだけ「目立つ」かという事を。






E、了


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