夢鳥は闇に踊る3



*佐助×幸村




俺は血だらけになって走っている。
闇の中を、ではなく、
光りの中を。

血だらけになっている。
血、血、血、
だんなとおなじいろ。


噎せ返る血の臭い、五月蝿い音を立てる木立、弾む鼓動、息、体臭、

揺らぐ感情


おれは、なんだ




****





「佐助、接吻がしたい」

戦もない、平穏な日々を終えようとしていた夜。旦那が唐突に“命令”した。
俺は、特に何も抵抗するわけでもなく、その唇を吸ってやる。旦那は少し不満そうな顔でしなだれた。同じ台詞を繰り返す。

「…佐助、接吻がしたい」
「えー?今してるでしょー?」
「ちがう、接吻だ。これでは童がしてもらう母上の口付けだ」

破廉恥破廉恥と五月蝿い主は、どうやら舌を吸いたい吸われたいと言いたいらしい。

「ん…っ、」

希望した通りに舌を出してやると、旦那は嬉しそうに俺の舌に吸い付いた。それを上手く丸め込んで吸い返してやると、紅蓮の鬼と恐れられている主はただの“幸村”になる。

「さすけ…、」

うっとりと、愛しそうな声音で呟く旦那は嫌いだ。



****



「またか…」
「…一体何事であろうか、」
「祟りかのう…」

城内がざわついている。ひそひそと陰口を言う者もいたが、城内全体でそれをしていたのでは全く意味がない。
『幸村の、嫁候補が死んだ』
顔合わせ前日にそれが分かり、家臣共々否、当主本人でもある幸村も驚いていた。

「…才蔵、これで何回目だ」

幸村は自室で、側で畏まっている才蔵に問い掛けた。長い髪を頭巾の中に入れ、闇に紛れる布袋に成り下がっている。
才蔵は微動だにせず、声だけが空気を鳴らす。

「4…いや、5にはなりましょうか」
「そんなにか…」

幸村はふうと溜息を吐いた。別に嫁を貰いたいわけでは無いが、こうも不幸が続くと申し訳なくなってくる。

「しばらく、婚儀如何は避けた方がよいな」
「は、それがよろしいかと」
「して…佐助はどこへ行った?」
「早朝、任務に赴かれてまだ戻っておりませぬ」
「…そうか」

幸村はぽつりと空を見つめたまま「分かった」と言い、才蔵を下がらせた。



****



俺は一体何をしてる…?

俺はは血だらけの短刀を握り締め、立ち尽くしていた。
広々とした間取りに、華美な襖。流麗な文字の掛け軸に、桔梗の花、見事な仕立ての着物。
血まみれになった部屋。

「……ひゅ、」

情けない程弱々しい音が喉から漏れている。
俺は、何をしてる?どうして血に濡れている?
よく分からなかった。目の前に倒れている女…いや、女だったもの、だ。まだ寝着すら着替えていない、女だったものだ。

「…ひゅ…ひゅ…」

女は死んでいる。誰が殺した?
俺だ。
切り刻んで?
そう。
朝日が昇ろうとしている刻に、
そうだ。
こんなに血まみれになる程、切り刻んだのか
そうだ!俺が、俺が

…この感覚は、1度目ではない。



****



「おやかたさまああああ」
「ゆうううきむらああああああ」
「ううおおおやかたさむああああ」

主従が、熱い殴り合いをしている。別に戦後というわけでもないのに。

「あーあ…あんなに着物どろどろにして…誰が洗うと思ってんのさあ」

佐助は屋根の上に腰掛け、虎と鬼の殴り合いをやれやれといった風に見ていた。
幸村の縁談話がぷっつり途絶えた日より、2月程度経った頃である。

「…幸村様」

佐助は誰に言うでもなく呟いた。声に出したところで、幸村がそれに気付く訳もない。
幸村はこんなに離れた天上からみても、きらきらと楽しそうに生きている。
(今月で…何人殺したかな、)
佐助はぽつりと思う。あれから婚儀の話は絶えたとは言え、美少年である幸村に言い寄る者は耐えなかった。

「幸村様、」

もやは念仏のようだとすら思う。
自分しか、知らないと思っていた。若造とか可愛いとか言われている幸村の、凛々しさや雄々しさを。
(自惚れ…か、洒落になってないっつーの)
佐助は苦笑した。
嫁だ何だ、言い寄る奴らを次々殺した。意識したわけではないのに、気付いたら殺していた。

「………幸村様……っ」

屋根の上でうずくまる忍は、涙すら流せなかった。



****



「…暇を?」

夜も更けた頃、滅多に自分から姿を見せない忍がひょっこり顔を出した。珍しいこともあるものだと、幸村が言う前に佐助がいつもの調子で「暇を下さい」と申し出てきたのだった。

「うん」
「…何故か、」
「あー…うん、それがね、ちょっと里に帰らないと行けなくてさ」

軽い調子でへらへらと、にやけたまま佐助が言う。幸村は怪訝な顔をした。里に帰るくらいで暇を、とか言う男では無いはずだったからだ。
『俺様、里にばびゅーんと行ってくるけど、旦那は良い子に待ってるんだよ』
そう、遠くない昔に聞いた覚えがある。幸村がまだ、弁丸と名乗っていた頃だ。
(……佐助、)
目の前で畏まっている佐助を見やって、幸村はそっと忍の名を呼んだ。
『旦那、何か言いたいことがあるの?俺で良かったら…聞くけど』
優しく問い掛けてくれていた忍びはもういない。

「………分かった」

幸村は無表情で、うん、と首を縦に振った。





B、了


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