夢鳥は闇に踊る5



*佐助×幸村




例えば、目の前に宝箱があったとして

とある番人が、その宝箱をずっとずっと、守り続けるのが使命だったとする

番人は宝物に向かって言いました。

「ずっと守るから、ずっとずっと守るから。ずっと、側にいさせて、守らせてください」

宝物に魅了された番人は、その輝きは自分に似つかわしくないと思いました。
けれど、この輝きが他者に奪われてしまうのも心が痛む。

「必ず、守り続けますから」

ただずっと側にありたいと願ったのです。




****



共に生きよう。

その言葉が、どれだけ佐助の身体に、心に染みたか知れない。
佐助は心の臓が潰れそうな程の感動に苛まれ、洗いざらい身体の闇が流れる程泣いた。この世に生を受けた瞬間でさえ、こんなにも泣くことは無かっただろう。
幸村と抱き合っておいおい泣いて、幸村は自分が泣き止む頃になって漸く佐助が全く動かなくなっていることに気が付いた。

「…っ佐助!?」

幸村は慌てて佐助を地面に転がし胸に顔を当てた。
とくとくとく。ちゃんと心臓は動いている。突然死んでしまったのかと思い一瞬息を詰めた幸村だったが、静かに息をする佐助を見てほっと胸を撫で下ろした。

「やはり…ここのところ無理をしていると思ったのだ、」

幸村は気を失っている佐助を前に、悔しそうに唇を噛んだ。
気付いていたのだ。幸村も。佐助が目の下に隈を宿すまでに無理をしていることに。幸村は気付いていながらも佐助に何も言えずにいたことを本気で後悔した。
しかしこのまま佐助を放置しておくわけにもいかない。動かして良いものかどうか考えあぐねいていると、幸村の隣に音もなく影が舞い降りた。

「…動かしても大丈夫です。衰弱しているだけですから…まあ、このまま放っておいたら間違いなく翌朝鴉の餌ですがね」

佐助の脈を確認しながら、淡々と言葉を発したのは才蔵だ。幸村は突如現れた才蔵に、驚くと言うよりは苦笑しつつその横顔を見ていた。

「お主…つけたな?」
「はい。長のお許しも得ず勝手に後をつけました。…主様まで、死にそうなお顔をなさっていたので」

才蔵は無表情で言葉を続けていたが、口調には明らかに「心配」の文字。
幸村は軽く噴き出して笑った。佐助も自分も、本当に分かりやすい「人」なのだなあと。

「…助かった、才蔵。二人で無理心中せずにすんだ」
「勘弁して下さいよ。誰が鴉を追い払うと思ってるんです」
「はは…そうだな。才蔵しかいないな」

少しだけ二人して笑い、才蔵は佐助を担いで闇に溶けた。馬に乗せるより忍が運んだ方が揺れが少ないからだった。
幸村は馬に跨り、丘に背を向け一目散に屋敷に向かって馬を走らせた。



****



目蓋を焼く白い光り。佐助は眩しさに思わず目を開いた。

「ん……」

強く輝いているものが目の近くにあるのかと思いきや、目を開いてみればそんな物が近くにあるわけでもなく。目に映ったのは見慣れた木目の天井だった。障子から滲む橙色の光りが、夕方であるらしいことを告げている。
(俺…生きてる…)
佐助は木目を無意識に目で辿りながら、ぼんやりそんな事を思った。もう長いこと眠っていなかったし、食事もろくに採っていなかった。人間何かに夢中になっていれば死なないもんだなと感心していると、廊下が軋む音がし、障子が静かに開かれた。
佐助が起きようと身動いだ瞬間、入ってきたらしい人影が佐助に多い被さってきた。…足音と匂いで、誰かなんて見なくても分かっていたけれど。
覆い被さってきた人物―幸村は佐助の目が開いている事に偉く興奮している風だった。

「佐助!!目を覚ましたのだな!!!」
「…うん…ごめん。俺、どれくらい寝てたの?」
「一月だ。お前、冬眠でもするつもりだったのか」
「ぶっ!」

まさか一月も寝ていたとは思わなかった佐助である。死んだかと思ったと大騒ぎする幸村にも頷けた。
驚いた反面、佐助は少し切なくなった。幸村はきっと、自分が起きるまでずっと待っていてくれたに違いない。確証は無いけれど、そう思った。殺されそうになったと言うのに、この人は、きっと。

「……ねえ、…俺が起きるの、待っててくれたの」
「当たり前だ!」

勇気を出して聞いてみたのに、間髪入れず叫ぶように言葉が返ってくる。
ああ、何て。この人は。
佐助は起きあがり、乗り上げるようにして布団に乗っていた幸村を引き寄せて額同士をくっつけた。はあ、と小さく溜息を吐く。

「?どうした、佐助頭でも痛いのか」
「…んーん…旦那が生きてて良かったと思って」

とりあえず、殺さなくて良かった。と佐助が言うと、「とりあえずなどと言うな」と幸村が笑う。
くすくす、佐助と幸村はしばらく額をくっつけたまま笑い合った。幸村にしてみれば一月振りの「生きた」佐助だが、佐助にとっては昨日の今日。何か変な感じだった。あんなに殺してやりたいと思っていた張本人が、目の前で楽しげに笑っている。
今まで感じていた嫌悪や憎悪、反吐が出そうな程の殺意は沸いてこなかった。
代わりに、佐助の心を支配していたのは…


「ね…旦那、接吻して…?」


佐助は涙が零れそうな程の愛おしさを、それ以外にどう表現すればいいのか分からなかった。



****



「さ、佐助…起きたばかりでこのような…っ」

最初は上に乗っていたはずなのに、いつのまにか逆転させられた位置に幸村は動揺した。おずおずとしながらも接吻してやったのが間違いだったと唸ってしまった幸村である。止めろと言っても佐助の接吻は止まらない。深くない合わせるだけの口付けを繰り返していた。

「ごめん…ごめんね…、俺…もう我慢できない。旦那が欲しい」
「…っ」

佐助の泣きそうな声と表情に、幸村は思わず真っ赤になった。幼い頃から一緒に居るが、こんなにも必死な佐助を見たことが無いのである。新鮮な表情と態度に、幸村は戸惑うのを隠せない。幸村が動きを止めている内に佐助の掌が着物の合わせ目にするりと入り込んだ。

「あ…さ、さすけ…う…っ」

きゅ、と胸の頂を摘まれ、幸村は不意の刺激に呻いた。佐助は幸村が若干怯えているのも構わず行為を進めていった。

「うあ、あ…っ、ひ、あ…や、だ…っそこは、嫌…!」
「ごめん、旦那…ごめん、ここはしたこと無かったよね…」

内部を指で探られる感覚に、涎を垂らした幸村が嫌々と頭を振る。今まで何度も性的な行為に至っているが、幸村との性行為で挿入まで至ったことがない。佐助は性急に内部を指で擦りながら、何度も何度も小さく謝罪の言葉を唱えた。

「ごめん…でも、旦那には気持ち良くなってもらいたい…ここ、ほら、気持ち良いでしょ?」

佐助が指で触れたのは前立腺だ。性器を擦られるよりも鋭い道の快感に、幸村は身体を大きく跳ねさせている。あまりに初めての愛撫ばかりで、何度か前立腺を撫でられるだけで達してしまった。

「…っ、さすけ…こわい、こわい」

今までこんなに自分を見失いそうになる程の快楽を味わったことは無かった。
見開いた目から涙が零れ、口端から涎が伝って喉待て垂れている。だらしなく開かれた唇は震えていた。
殺されそうになった時は微塵も動揺しなかった幸村が、快楽の前ではこんなにも怯え震えている。
佐助は懸命に幸村を愛撫しようとする反面、幸村を支配しているような感覚に半ば陶酔した。

「旦那…旦那、息はいて、」
「ふ…ふ…ひ、あ…ッく、う…ああッ!」

どろどろになるまで解した幸村の内部は、佐助自身を奥深くまで飲み込んで。


『好きだ佐助。快楽に溺れた睦言ではなく、心から…俺はお前を愛している』


佐助の脳内に、凛とした声が聞こえた気がした。
無我夢中で腰を揺らしながら、胸が潰されそうな切なさに喘ぐ。


「…俺も………だんな、おれ…おれも………っ」





好き





言葉になんてならなかったけれど。




****



敷布の上で、幸村はぐったりと倒れ伏していた。ずきずきと痛む腰が、先程までも行為を何度も思い出させる。

「……好き放題しおって」
「…ごめんなさい」

先刻までは佐助が寝ていたというのに、今度は同じ場所に幸村が寝込んでいる。佐助は幾らかまともな顔色で幸村の枕元に正座をしていた。いつもの佐助だとは思いつつ、目元は情けなくも真っ赤になっている。佐助はずっと、行為中涙を零していたから。

「…旦那、」

佐助はしばらくして、正座したままぽつりと呟いた。

「俺、また旦那を殺そうとするかもしれない。それでも、いいの」

泣きはらした目で、佐助が言う。その目は一月前程病んではいなかった。どちらかというと、決意に近い光りを宿していると言っていい。
幸村は闇が半分程はげ落ちたらしい「佐助」と見つめた。

「旦那の事、守っていきたいし、お世話もしたい」

でも、殺してしまうかもしれない。
それでも、側にいてもいいか。なんて、矛盾した言葉を佐助は零す。
幸村は微笑った。

「俺は…愛されているな」
「笑い事じゃないよ」
「そうか。俺は殺されてやる気はさらさらないぞ?俺は、生きると決めたからな。佐助と」
「…」

佐助は黙って俯いた。どんどん視界が滲んでいく。
殺めて殺めて、赤か黒かの世界で、それでも見失わなかった紅の残像。闇の中で見つけた唯一の宝物。
欲しい欲しいと思うばかりに、いつしか歪んでしまった想い。
狂気に走ってしまった忍は、行く場所がないんじゃない。ここにしか、居場所がないんだ。
全てを受け止めると、それでも尚愛し側に置きたいと、言葉にするでもなく伝えようとする幸村。
佐助は結局、堪え切れる訳もなく涙を流した。
ほろほろ泣き始めた佐助を引っ張り、幸村は布団に佐助を引っ張り込む

「…佐助が、こんなにも泣き虫だったとは知らなかった」

心底嬉しそうに笑う幸村と、涙を止めどなく流す佐助はその日、数年ぶりに朝まで一緒になって眠った。


見かけだけの「好き」に、縋ることはもうない。







:最後の話




見渡す限りの人人、人の波。それらは全て完全武装していた。
幸村は小高い丘から眼下を見下ろし、真っ赤な装束に身を包み流れ弾流れ矢を諸戸もせず仁王立ちしている。長い紅の鉢巻きが風になびく。
隣には、緑色の影が一人。

「…さて。勝ち目のない戦だが、佐助」
「それ以上言ったら怒るよ。心配ご無用ってね。今更今更」

緑の装束に派手な橙色を纏う佐助が、飛んできた矢をはじき返しながらにこりと笑った。
風が負け戦だと告げている。しかし、幸村は守るべきものがあった。死んでも守らなければならないものが。
幸村は双槍を構え直した。

守らなければならないものがある限り、強くありたい。


「では…行くか、佐助」
「はいよ。どこまでもお供しますぜ旦那ぁ!」


紅の咆吼が戦場に響き渡る。
駆け出した二人に迷いはなかった。





二人は本当に最後の最後まで、一緒だった。







end
初めて完結させた連載でした。


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